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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)1855号 判決

理由

一  請求の原因第一項の事実ならびに原告主張の日原告が被告に対し本件預金全額の返還を請求したことは当事者間に争がない。

二  そこで被告の主張について判断する。

(一)  被告は、原告の代理人である中尾欣也に一千九百五十万円を支払ずみである旨主張するが、本件全証拠を検討しても、右中尾が、本件預金の払戻を請求しこれが金員を受領すべく原告を代理する権限を有していたと認めるには至らない。よつて、その余の点につき判断するまでもなく右主張は採用するに由ない。

(二)  被告は、払戻請求書がいわゆる受取証書であるからこれを引換に中尾に本件預金一千九百五十万円を支払つたので、その支払は有効である旨主張する。《証拠》を総合すれば、右乙号各証、乙第二〇、二一号証はいずれも偽造にかかるものであることを推認し得、従つて右に、払戻請求書なるものが原告につき偽造である以上、これと引換に支払つたとしても有効な支払ではない。そして、《証拠》によれば、右払戻請求書は訴外鈴木二郎が権限なく作成したことを推認し得るところ、これが作成につきいわゆる表見代理の要件をみたすものと解すべき事実関係は、本件全証拠を検討しても認め得ないので、右払戻請求書はまたついに真正なものとみなすことを得ない筋合である。

ところで、右払戻請求書すなわちいわゆる受取証書が偽造であつても、他の事情と総合して、これが持参人が債権の準占有者と認められる限り、善意の弁済者は民法第四七八条の適用をうけ、保護される筋合であるところ、前顕甲第八号証の一二ないし二二によれば、「被告組合の外務員である中尾欣也は、右鈴木から原告の本件預金をひきだすことをたのまれ、うち、昭和四二年一二月二一日は預金係員角に対し「原告から電話で五十万円をおろしてくれとたのまれたから出してくれ」とうそを言つて、通帳も、払戻請求書もなしに頼んだところ、角係員は、他の職員が、客から頼まれたと言つてそのような方法で手続をすることがあるので不審がることもなく金を出し、これを中尾は鈴木に渡したこと、そして、以後、被告が主張する、原告に支払つたという金額の大部分はそのようにして払い出されたが、中尾が鈴木に金を渡す際、鈴木は払戻請求書に原告の氏名を書き、偽造の原告印を押して、金額はときに中尾が記入、これを角係員に手渡したこと、とくに鈴木と中尾とは、さきに預金の際原告が届け出た印鑑の印影を保存している印鑑用紙と原告提出の預金申込書とを、偽造のそれらと取り替えるべく昭和四二年一二月二一日夜六時半頃被告組合本所支店に、入り込み、鈴木が原告の署名に似せて印鑑用紙に書き込み、中尾がナンバーリングを打ち込み、角係員の抽出からとり出した印鑑簿の中にあつた原告の正当な印鑑用紙をとりはずしてその箇所に右偽造のそれを挾み込んで目的を遂げ、預金申込書については同日朝角係員から中尾が寸借し、鈴木に渡してあつたところ、鈴木は新しい申込書用紙に右正当な原告作成申込書に似せて偽造しておいたものを、右印鑑用紙を偽造のそれととり替えた際角係員の机上のゴム板の下に挾んでおき、翌二二日に角係員に対し、中尾が、「あれ置いといたよ」と告げた」ことの事実を認め得、右に反する趣旨の、原本の存在、成立に争のない乙第二八号証の一ないし四の記載部分は措信できず、他に右認定を左右すべき十分な証拠はない。そして、前記、善意の弁済者とは、弁済者が無過失であることを要すると解するのが相当であるところ、右認定からすれば、被告の主張する弁済について、被告係員に、過失なしとしないといわざるを得ず、結局、被告が、その主張するように支払をしたとしても原告に対する有効な弁済とは解し難い。よつて、右主張は認容できない。

(三)  被告は又、本件預金は、原告が、被告主張の者らと共謀し、その主張意図のもとにしたものであるから、不法な原因による預金として、返還を求め得ないとか、原告は被告主張のような不法行為の教唆又は幇助者であるから損害賠償債権と相殺する旨主張するが、本件全証拠を検討しても、原告において右のような意図のもとに預金し、或は教唆ないし幇助者であるとの事実を認め得ない。証人佐々木慶弥の証言中被告主張に沿うかのような部分がないでもないが、それをもつて直ちに被告の主張を肯定し難い。

三  以上のとおりであつて、被告の主張は結局採用し難い。そうすると、原告からの払戻請求があつた昭和四三年一月一九日に被告は本件預金二千万円を原告に支払う義務がある。

被告は、うち五十万円については支払を拒絶していないと主張し、同金額部分については本訴請求が棄却されるべき旨主張するようであるが、原告が二千万円の返還を求めている本件においてはなお全額について本旨に従つた履行の提供がないものとして全額につき認容すべく、後記約定利息および法定利率による遅延損害金についても右の理は同様である。

四  なお原告は昭和四三年一月一九日の分も約旨の利息の支払を求めるが、その主張からすれば、返還の請求をした日を引出の日とし、約旨の利息を求めるというにあると解されるところ、そうとすれば約旨による利息というのは、同月一八日までにつき求め得ることその主張請求の原因事実から明らかで、右一九日の分についての請求はこれを求め得ぬこととなるので、原告の本訴請求は主文第一項掲記の限度で認容しその余は棄却

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